すすめ北前船

北海道発のFM放送「チエンバリスト明楽みゆきの浪漫紀行」の「すすめ北前船」を瀬戸内海からFBとブログで発信しています

「すすめ北前船」第2回(富山)

このブログは、FMしろいし局から放送されている「チエンバリスト明楽みゆき」の特別コーナ『進め!北前船』のFBへのコメントを再構成したものです

 (写真は明楽さんのFBより)

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 富山の「昆布ロード」につて、2017年9月の青森野辺地であった北前船寄港地フォーラムで石川議長の話があり、鹿児島市長が初めて来られていました。

今年放送中の大河ドラマであった薩摩の密貿易の場面は、富山の昆布に繋がる話です。

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「すすめ北前船」第2回

これは、2017年10月に放送されたもので、ゲストは(株)四十物昆布の代表取締役 四十物(あいもの)直之社長です。

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 インタビューから「昆布」のふるさと北海道と富山の深い繋がり、北前船が活躍していた昆布ロードには意外な側面があったのがわかります。

 

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松前で昆布を積込んだ長者丸は、北前船航路を航行せず、三陸海岸から南下中、金華山沖で1838年暴風に合い難破する。

 漂流中にアメリカの捕鯨船に助けられハワイに行くのは、ジョン万次郎の遭難の4年前でした。時期は近く10人の中で米田屋次郎吉は、万次郎よりも優れた才能があったと四十物社長は語っています。

 危険な太平洋側の東回り航路へと進まなけれならなかったのは、幕府の密貿易の取り締まりが厳しかったのがわかります。

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 四十物社長は、吉岡平四郎や次郎吉の足跡を探してハワイにまで取材に行かれ、1840年10月のハワイのポリネシア新聞の記事を見つけられたり、他の文献から平四郎や次郎吉の足跡を探されています。

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  次郎吉のハワイでの話から、日本の金と銀の交換比率を知ったペリーは、日本に開国を迫ったと四十物社長は繋げていました。私は、金と銀との交換比率を利用して、悪どく儲けていた領事館ハリスの事が書かれていた『大君の通貨』を思い出しました。
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 また、藩の命令で『時規物語』に詳しくかかれていると語り、北前船が太平洋を越えた越中富山には、その後にもドラマがあるのがわかりました。

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この『進め!北前船』は、毎週金曜日14時から札幌しろいし局から放送されている「チェンバリスト明楽みゆき浪漫紀行」の後半で放送されています。

 その後、木曜日のFM七尾を皮切りに北前船寄港地13局で収録放送もされています。

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