すすめ北前船

北海道発のFM放送「チエンバリスト明楽みゆきの浪漫紀行」の「すすめ北前船」を瀬戸内海からFBとブログで発信しています

「すすめ北前船」第21回(秋田2)

「すすめ北前船」第21回(秋田2)
 
今回の「チエンバリスト明楽みゆき」の特別コーナ『進め!北前船』は、秋田から
7月6日と13日放送のコメントを再構成したものです。

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ゲストは、秋田市の観光案内人の佐藤節子さんです
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 秋田市土崎では、今年も7月20日と21日が土崎神明社例祭がありました。
この祭りを前に、地元では「カスベ祭り」とも呼ばれ、祭りのおもてなしにカスベの魚を使った「カスベの煮付け」を紹介しています。  
 
 祭りのシンボル「見返し人形」を上に飾った曳山の山車を、「ジョヤサ」の掛け声を出しながら土崎町を威勢よく練り歩く話があります。

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 見返し人形とは、江戸期、経済力があった商人は侍より身分が低かった事から、反骨精神から政治や経済から世相を風刺したのが「見返し人形」だと語っています。
 
 この「掛け声」は、ニシン船を引く時に使うものとだいい、音頭あげと呼ばれ北前船江差から伝わったものでした。
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 また囃子は、熊本の「牛深ハイヤ節」から伝わったとの事。天草市のHPには、「牛深ハイヤ節」を以下のように紹介しています。
 牛深港は、天然の良港で諸国の多くの帆船が入港しており、風待ちの間の娯楽として生まれたとありました。
 
 この牛深ハイヤ節は、北前船等を通じて全国の港に伝播し、それが秋田土崎に残ったものでした。
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 今では「牛深ハイヤ節全国大会」が開催され、北前船が伝えた文化が、掛け声と共に、各地に残っていたのがよくわかりました。

 次に秋田県北部にある内陸の「阿仁銅山」は、享保元年(1716)に日本一の銅の生産高になりこの銅が、能代港から長崎経由でオランダに輸出された話もあります。

 調べてみると「阿仁銅山」ついてBS番組「北前船の海道をいく」特別番組第2回の「青森、秋田から世界へ 北の交易回廊を辿る」で以下のように紹介されていました。
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 「阿仁銅山」の銅は、阿仁川を下り能代港から北前船で大阪まで運ばれ精錬された後、長崎経由でオランダに輸出されます。

 当時オランダ商館の70%ー80%近くが日本の銅で占められ、この銅の扱いでオランダは世界の覇権を争ったと。
 その結果、国際通貨として流通していた銅の1/3から半数が日本からだった事から、経済学者アダム・スミスは、「国富論」(1776刊)で、日本の銅の警戒していたとありました。

 世界のコインにもなった「阿仁の銅」に、アダム.スミスは脅威を感じたのしょう。
 それを運んだ北前船とオランダ船もまた、世界の金融から、日本が脅威を与えていたのに驚きました。    

 坂井市北前船寄港地フオーラムの合間に大阪の方が、大阪の「銅の精錬」で日本遺産を考えていると話がありました。それならキーワードに「阿仁の銅」とコインすればとこのFM放送のコメントをお伝えしました。

 今回のゲスト佐藤節子さんは、とても親切丁寧なガイドだと、紹介した奈良のガイドも言っていました。
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この祭りの準備をしていた6月、わざわざ神明社での祭りの練習している所を案内してくれました。

 この『進め!北前船』は、毎週金曜日14時から札幌しろいし局から放送されている「チェンバリスト明楽みゆきの浪漫紀行」の後半で放送されています。
その後、木曜日のFM七尾を皮切りに北前船寄港地13局で収録放送もされています。