すすめ北前船

北海道発のFM放送「チエンバリスト明楽みゆきの浪漫紀行」の「すすめ北前船」を瀬戸内海からFBとブログで発信しています

「すすめ北前船27回 」(能登の塩)

これは、「チエンバリスト明楽みゆきの浪漫紀行」の特別コーナー『進め!北前船』のfbのコメントを再構成したものです。

 

 

「すすめ北前船27回 」(能登の塩)

 
 8月24日放送の「チエンバリスト明楽みゆきの浪漫紀行」の特別コーナー『進め!北前船』は、珠洲市からでした。この前後の週に、「赤穂塩」の放送があり「すすめ北前船26回」で紹介しています。

 ゲスト横道嘉弘さんは、珠洲市の道の駅で奥能登塩田村の社長から、今年相談役になられています。

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 能登の塩作りは、奈良時代からで江戸期に入り加賀藩の保護政策の時代の製法と殆ど変わっていないと話が始まります。

  1959年、全国の揚げ浜製塩は禁止されます。
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この時、角花家の強い希望で唯一残されこれを守るのが隣にある奥能登塩田村だとインタビューに応えています。

 経営は、家族単位で瀬戸内海との違いがありその過酷な労働を語っています。

 朝早くから天秤棒で大きな桶に18回運び、運んだ海水を砂に撒き、
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砂が乾くと箱に入れそこに海水を含んだ砂を入れ釜屋で20時間程煮込むと。f:id:chopini:20181107163014j:image

 この塩田村では、天秤棒で海水を運び砂にまく所まで体験が出来、塩の資料館もある事から、夏休みは全国からの子供達で賑わうと語っていました。

 NHKの朝ドラ「まれ」の舞台は、輪島市でしたが撮影は、珠洲市のこの塩田村で行われました。
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 この朝ドラ人気から、塩生産が追いつかくなって通信販売が出来なくなり、東京ではスカイツリーの近くで販売していると紹介しています。

 この塩は、梅干し、おにぎりにすれば、違いがわかると言っていましたが、確かに美味しい塩です。 
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 この自信から、フランス料理の巨匠三国清三氏に帝国ホテルのパーティーの時、自社の製品を渡していました。
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 能登沖は、暖流と寒流がぶつかる事から多くのプランクトンを含みここで採れた塩は、フランス料理に欠かせないと三国シェフのHPにありました。 

 

 横道さんが出版した能登の揚浜式塩田』には、塩釜の事も詳しく書かれています。

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 珠洲市の南の穴水町は、鉄の鋳物の産地で平安時代に編纂された『新猿楽記』の歌の中で諸国の特産物を都でも古くから鉄釜が能登の名物だった記述があります。
 こうした事から 加賀藩では、1605年高価な鉄釜を12年の契約で835枚貸し付け、1737年には2000枚まで貸し付けていたと述べられています。
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 加賀藩は、鉄釜でも塩の生産を支援し、税を得ていたのがわかりました。
  能登では、塩は鉄釜で作られ、それは赤穂の西浜塩田と同じ真塩の高級品だったのがわかります。

 加賀料理には、この真塩が使われ輪島の漆器と共にその料理の名声を高めていたのが想像できます
 

 当時、瀬戸内海で使われていた塩釜は石釜で、竹原市学芸員も竹原では明治30年になって鉄釜を使用した記録があると言っていました。

 赤穂塩がブランドになった背景には、この他焼塩等、塩に付加価値を付けていたかもしれません。
 
 尚、横道さんには、瀬戸内坂越の北前船シリーズに投稿して頂いていたので紹介します。

http://sakosi-kitamaebune.hatenadiary.jp/entry/2017/01/04/205538

このFM放送は、北前船寄港地13ヵ所で収録放送されます。 
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