すすめ北前船

北海道発のFM放送「チエンバリスト明楽みゆきの浪漫紀行」の「すすめ北前船」を瀬戸内海からFBとブログで発信しています

「すすめ北前船」第25回(根室)  

「すすめ北前船」第25回(根室

 

これは、「チエンバリスト明楽みゆきの浪漫紀行」の特別コーナー『進め!北前船』のfbのコメントを再構成したものです。

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 今回は、日本最東端の根室からの放送でゲストは、根室金比羅神社の前田康宮司です。
 
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 この神社は、212年前に高田屋嘉兵衛によって創建されています。

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 創建180年を記念して1986年、嘉兵衛の銅像が建立されました。これは、根室の人達が日露の問題を平和的に解決した嘉兵衛に願いを込め、お金を出し合ったと前田宮司は語っています。
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 司馬遼太郎の『菜の花の沖』は、嘉兵衛を小説として描きながら、歴史や当時の時代背景から身近な経済まで詳しく展開されています。
 
 放送でも220年程前、辰悦丸の建造から根室を拠点に北方のエトロフ、国後島の航路や漁場の開発で嘉兵衛は巨万の富を築いた話があります。
...この成功の後、ゴローニン事件が起こり、嘉兵衛が巻き込まれロシアに拿捕され1812年カムチャツカに連行されます。

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 連行したのはリコルドだったが、嘉兵衛の誠意あふれる熱弁に胸が響いたようです。
 リコルドとの信頼関係が生まれこの友情が、鎖国下の日本とロシアの関係悪化の歯止めになり戦争が回避されます。

 小説では、根室を拠点に北方の島々を開拓するなら、野辺地を拠点に江戸への航路のアドレスを最上徳内がしていた事が書かれています。
 野辺地には、嘉兵衛の足跡が残され太平洋の東廻り航路でも活躍しています。
  この時の取材のエピソードで、昆布に対する考えが日本海、大阪と太平洋側の違いを、明治の慶応出の方の話として紹介しています。
 
 2006年8月にカムチャツカのナリチェボ自然公園内にある無名の山に、ゴローニン、リコルド、そして日本人である高田屋嘉兵衛の名前が付けられた事も紹介しています。 
 ロシアでは、地名に人名をつける習慣があるようですが、その地図上に日本人の名前が刻まれたのは、史上はじめてのことだと話していました。

 根室に今も残る嘉兵衛の足跡として、穂香金比羅神社に奉納された「願主 高田屋嘉蔵」(嘉兵衛の弟)と書かれた一個の鈴だけと紹介しています。
 
 かっての国後島の泊神社、エトロフには4社を嘉兵衛が建立した神社を含め、北方4島には65社の神社があり11社のご神体が、戦後この神社の移され毎年例祭が斎行いると紹介していました。

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 その祭りは、北海道の3大祭りの1つにもなり毎年8月に開催されています。


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 納沙布岬の海岸線には、「返せ!北方領土」の文言やタテ看板がいたる所にありました。

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根室市民の方々の悲願を、別の言葉の表現で出来ないものかと、そんな言葉が納沙布岬で聞こえてきました。

 金毘羅神社御朱印の横に「祈返還 北方領土」の朱印が別に押され、根室のみんなの悲願なのがよくわりました。
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 この放送の後、前田宮司北前船寄港地フォーラムの案内を送りました。

 このFM放送は、毎週金曜日のfmしろいし局から放送され、その後、fm七尾を皮切りに北前船寄港地13局で放送されます。 無料アプリ日本ラジオをダウンロードして頂ければ聴けます