『北前船浪漫紀行』

FM札幌しろいし局放送の「チエンバリスト明楽みゆきの浪漫紀行」の「すすめ北前船」をFBとブログで発信しています

第40回すすめ北前船①赤穂城

 


名城巡りと北前船寄港地の旅 ①赤穂城

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 赤穂市教育委員会の荒木幸治学芸員赤穂城、赤穂塩、塩廻船の繋がりを語って頂きました。

 このブログでは、インタビューに加え荒木さんが執筆した『赤穂城攻略』(2020年3月)(写真)も参考にしています。f:id:chopini:20200821164857j:image

 徳川政権の「一国一城令(1615年)」で廃城が増えた中、経済的な効果を重視し、川・海の近くへの築城で舟運、廻船で栄えた一つに赤穂があった。

  赤穂藩主池田輝興の不祥事で、1645年茨城の笠間藩から移封になった浅野長直は翌年から、入浜式塩田開発と築城を開始した。  

 荒木さんは、池田家以来の塩田開発を加速させ、新たな入浜式塩田の成功で築城にも弾みがついたと説明している。    

  大規模な塩つくりで、流通手段の発達を背景として赤穂城下は栄え、それを支える様々な商売をする人々が赤穂城下に移り住んだ。(赤穂城攻略本)

 坂越浦では池田家の時代、長崎・愛媛・山口に漁場を求め、漁民が集団移住の記録がある。しかし新塩田開発以降は、移住の記録はなく坂越浦でも塩の大量生産の恩恵を受けていたのだろと荒木さんの話から想像した。  

 

 下記の浅野家以降の赤穂藩の地図から 城の東西に塩田は広大で、赤穂藩がいかに塩田事業に力を入れていたのかがわかる。
f:id:chopini:20200821165329j:image(『赤穂城攻略』より転載)

 塩田は、赤穂城の西に西浜塩田(250ヘクタール)、東に東浜塩田(150ヘクタール)があり、西浜塩田は真塩、東浜塩田は差塩を生産していた。

 塩屋荒神社(日本遺産構成文化財)の境内の案内板に、真塩がにがりが少なく良質な塩であるとの紹介文がある。(写真)
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  放送では、真塩は高級品で主に柴原家が上方に運び食文化に貢献していた事や、上方では専売制をとり誰でも赤穂塩を買えた訳ではなかったと荒木さんは語っている。

 差塩は水分を多く含んでいたが、江戸に運ぶあいだに俵から水分が抜け良質な塩にかわる事も紹介している。  

  差塩は江戸へ坂越港から奥藤家が、御崎港から田淵家が、天保の時代に船を建造し運んでいた。(立川国立公文書館の田淵家文書)  

 いずれも塩を専用に運ぶ廻船(塩廻船)で、赤穂塩の殆どを大坂、江戸に運んでいた。  


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  塩廻船図(赤穂市歴史博物館 提供)

 この塩廻船は北前船と同じ弁財船だが、側面にその違いがあり赤穂歴史博物館に展示されている。
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赤穂市歴史博物館提供)

 この大規模塩田開発で豊かな城下町になったが、3代目浅野長矩江戸城内での刃傷事件で浅野家の統治はわずか50年余りで終わった。

この入浜式塩田は、1647年竹原(広島県)に伝授したのを皮切りに、その製法を瀬戸内海全域に教えた結果、生産過剰から塩田不況を招き、後の森藩主は財政難で長く苦労し改革で乗り切っている。この塩田不況については、青山学院大学博士課程で赤穂塩を研究中の千原義春さんがこの番組で紹介している。(前シリーズ26回)

 この時代は、藩の特産品で廻船問屋や船主が利益を得ていたが、赤穂藩では坂越港正面に坂越浦会所を設けて、塩や船の入出港の管理をしていた。この坂越浦会所は日本遺産構成文化財に指定されている。

 

赤穂城跡は1971年に国史跡に指定された。日本の城は、25000以上あるなかで2005年に日本100名城に選定された。

 今なお発掘調査が行われていると荒木さんは語っている。

  赤穂塩は「日本第一」の塩を産したまち播州赤穂で日本遺産に認定された。

 これを運び塩廻船が活躍した坂越港は、北前船寄港地として日本遺産に追加認定されている。

 坂越の北前船の足跡は、佐渡出雲崎・野辺地の客船帳に記録があり、酒田には2か所に坂越の石像物(墓と常夜灯)がある。 また、鶴岡市の日本遺産構成文化財の中にも、坂越で財を成した人が贈った釣り鐘がある

 

 


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 荒木さん(写真の右の方)は、「お城EXPO 2018横浜」の赤穂城のブースを担当されていた。この時から、今回の企画に出演していただきたいと考えていた。荒木さんの出版を機に今回の運びとなった。